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コトパンジャン・フクシマ・ジュゴン保護共同写真展を開催




 2012年2月25・26日、コトパンジャン・フクシマ・ジュゴン保護の共同写真展を大阪で開催しました(共催:広河隆一 非核平和写真展・ジュゴン保護キャンペーンセンター・コトパンジャンダム被害者住民を支援する会)。

 230名の市民の方に参加いただき大成功でした。コトパンジャンの公正判決署名も54筆のご協力をいただきました。参加者は周辺のポスティングを見てこられた方、当日会場で開催されていた演劇の鑑賞者、併設の図書館利用者などでした。

 コトパンジャン裁判の初期、日本全国スピーキングツアーで住民3名(マスルルサリムさん、アデルさん、アルメンさん)が徳島県木頭村に訪問しました。その際に現地で運転手したという男性が宝塚市から友人2名とわざわざ来て、パンフレットを購入、今後のスタッフ参加を表明してくれました。また、7月のODAを問う国際連帯シンポジウムへの参加意向があるなど、支援の広がりを得られました。

 写真展のフライヤ >>

コトパンジャン・ダム
被害者住民を支援する会

〒162-0815
東京都新宿区筑土八幡町2-21-301
TEL/FAX 050-3682-0769
(IP電話に変更しました)

www.kotopan.jp,  info@kotopan.jp

 

ボランティアスタッフ募集中です。お気軽にご連絡ください。


Last Update : 2014/1/18
Since     : 2002/8/3 
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日本で初めてのODAを問う裁判

日本のODA(政府開発援助)によるコトパンジャン・ダム建設で、インドネシア・スマトラ島では23,000人がふるさとを強制的に奪われました。5,396人の現地住民が原状復帰と補償を求め、日本政府・JICA(国際協力機構)・東電設計(=東京電力グループ)を被告として、裁判中です。
 日本政府はODAの基本理念を「開かれた国益の増進」としています。「援助」とは名ばかりです。「国益」=グローバル大企業の利益のために、地元住民を犠牲にした「海外版ムダな公共事業」を行い、さらには原発までODAを利用して輸出しようとしているのです。
 「国益」のための「援助」、住民泣かせの「援助」はやめさせましょう。ぜひ、裁判にご支援お願いします。



(ダムの呼称について)

 インドネシア・スマトラ島の住民・自治体・マスコミは『コトパンジャン(Kotopanjang)』と言います。 
 一方、日本政府・インドネシア政府は本件ダムを『コタパンジャン(Kotapanjang)』としています。
 Kotoは地元ミナンカバウ語、Kotaはジャワ語でいずれも「町」を意味します。現地の言葉・文化を尊重する立場から、私達は『コトパンジャン・ダム』としています。